神社のこと

星野くんが生まれるきっかけをくれた、名古屋 大須の三輪神社の魅力を4つのキーワードから紹介します。

 

三輪神社は今から約450年前、牧若狭守長清が小林築城の際、自分の故郷である奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)の大物主神(おおものぬしがみ)を鎮め祭ったのが始まりと言われています。

4つのキーワード

大物主神は古事記に登場する神様の一人で、国造りの神、

生活全般の守護神とされます。

水神または雷神としての性格も持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造などの神としても信仰されています。

 

 

国作りの神として有名な大国主大神と同一神とされることが多いようです。
 

 

現代では、奈良県桜井市三輪の大神神社に祀られています。
 

大神神社は本殿を持たず、三輪山そのものをご神体としてお祈りするという、古神道(原始神道)の形態を今に引き継いでいます。ご神山である三輪山に登拝することができ、近年はパワースポットとしても人気があるのだとか。
 

大物主大神が顕現する一つの姿が蛇であったとされ、蛇の好物である卵が境内のいろいろな所に供えられています。

1、大物主神

 
 

2、うさぎ

三輪神社の境内には石の「福うさぎ」が。

「なでうさぎ」とも呼ばれ、なでると運気が上がり撫でた部分の身体の痛みが取れるとされています。

思わず触りたくなるすべすべ感です。

 

 

大物主神は、「因幡の白うさぎ」の話で有名な出雲大社のご祭神、大国主大神と同一視されることから、うさぎとの縁が深いそうです。

3、矢場(やば)

  

三輪神社は尾張徳川家、所縁の神社。
 

尾張藩の矢場(矢の修練場)が、かつて神社の境内に置かれたことからこの辺りは「矢場町」と呼ばれました。

 


町名変更で今は「矢場町」という町名はなくなってしまいましたが、地下鉄名城線の駅名に残っています。

  

 

星野くんがその名前にあやかった弓の名手、「星野茂則」とは?

星野 茂則(ほしの しげのり)は江戸時代前期の尾張藩士で、星野勘左衛門の名でも知られています。

三十三間堂の通し矢で二度天下一の記録を打ち立てた人物です。
 

通し矢は、京都にある三十三間堂の軒下を南から北に矢を射通す競技で、

一昼夜に南端から北端に射通した矢の数を競う「大矢数」が有名。
江戸時代前期に最盛期を迎え、有力藩が藩の威信をかけて競い合いました。
 

 

星野 茂則は、寛文2年(1662年)大矢数で総矢数10,025本中通し矢6,666本を記録し天下一になります。

 

二年後、この記録は別の藩の藩士に塗り替えられてしまいますが、寛文9年(1669年)茂則は再度大矢数に挑み、

総矢数10,542本中通し矢8,000本で再び天下一となります。

夕方の6時から始め、翌日正午、残り約6時間となったところで余力を残して打ち切ったと伝えられています。

4、縁結び

 

出雲の大国主大神は縁結びの神様として有名ですね。
先にも書きましたが、三輪神社のご祭神大物主神は、大国主大神と同一神とされるため、三輪神社でも縁結びのご利益にあやかれるのです。

古事記には、大物主神と美しいお姫様の恋物語に赤い糸にまつわるエピソードも登場します。

ところで、なぜ大国主は縁結びの神様なのか…
この神様は多くの女神と結ばれ、非常に多くの子をもうけたことから、大国主が祀られる神社では「縁結び」の御利益が得られるとされているそうです。

※諸説あります

 

恋愛成就、子孫繁栄は昔も今も変わらぬ願い事のひとつですね。
 

三輪神社 公式サイトはこちらから